「忽体(もったい)なや祖師(そし)は紙子(かみこ)の九十年」彰如上人(東本願寺第23代。号・句仏(くぶつ))の句碑は渉成園(しょうせいえん)内にあります

千年の都の玄関口である京都駅
国際都市・京都の新しいランドマークとして
近未来的な装いをまとい
最新のハイテク設備をそなえた京都リサーチパークでは
新世紀に向けたニュービジネスが芽吹き始めています。
下京は、京都の未来をリードしていく拠点として
力強く歩み続けている街といえるでしょう。
もちろん歴史都市としての貴重な史跡も数多く遺っており
人々の地道な努力のもとに守り続けられています。
源氏累代の邸宅堀川館(ほりかわやかた)に由来する若宮八幡宮や左女牛井(さめがい)跡
平清盛の西八条殿(にしはちじょうどの)の鎮守社とも伝える若一(にゃくいち)神社などは
平安時代に勃興した武士勢力の名残をしのばせています。
歌人・藤原俊成(としなり)を祀った俊成社(しゅんぜいしゃ)や
俳人・松永貞徳(ていとく)が創祀した花咲(はなさき)稲荷社
さらに国学者で俳人の北村季吟(きぎん)が祠官を務めた新玉津島(しんたまつしま)神社など
「粟島(あわしま)へはだしまいりや春の雨」娘の病気平癒祈願に訪れた与謝蕪村が詠んだ句です(宗徳寺)
下京では、優れた文人・歌人たちの足跡を辿ることもできます。
平安前期の御霊会(ごりょうえ)をもとに始まり
室町期以降は町衆の祭として発展してきた祇園祭において
下京は五百年以上にわたってこの祭を支えてきました。
徳川慶喜が宿所としたことのある東本願寺
新選組がいちじ屯所を置いた西本願寺を中心に
幕末維新の嵐は下京の大路小路(おおじこうじ)にも吹き荒れ
路傍には兵たちの戦いの跡などが遺されています。
積極的な未来へのチャレンジ精神と
長きにわたる歴史への慈愛が共存する下京の街では
京都の持つさまざまな側面をうかがい知ることができます。
これまで通り過ぎていた小径(こみち)に足を向け
都の新しい表情を見つけに出かけてみましょう。
 
「日のめぐみ うれしからずや 夏木立」江戸中期、庶民文芸として親しまれた雑俳(ざっぱい)のリーダーの一人、堀内雲鼓(うんこ)の句碑(上徳寺) 電気鉄道事業 発祥地碑……明治28年2月、我が国最初の「市街電車」が、塩小路高倉と伏見区下油掛町(しもあぶらかけちょう)間、約6.4キロメートルを走りました 扇塚……五条大橋西にあった新善光寺(しんぜんこうじ)の僧が作った扇は御影堂(みえどう)扇と呼ばれ、近世にいたるまで京土産として知られ、その一帯は扇の名産地でした。